刑務所前の風景

早朝。
とある刑務所前。
刑期を終え、一人のヤクザが出所した。
 
「やっぱシャバの空気は美味ぇぜ・・・」
「兄貴!」
「辰!」
「お勤め、ご苦労様でした!」
「をぅ、おめぇにも苦労をかけたな・・・ だが、辰」
「へい!」
「俺は、おめぇの兄貴だよな?」
「へ? へい・・・?」
「俺は、おめぇから見たら目上の人になるよな?」
「そんな! おいら、兄貴を目の上のタンコブだなんて・・・」
「言ってねぇよ! んなこたぁ!」
「目の上のフタコブラクダだなんて・・・」
「意味わかんねぇよ!」
「目の上の二子玉川ふたごたまがわ駅東口より徒歩10時間だなんて・・・」
「どこに行くんだよ!」
「へ? 組には行かないんで?」
「行くよ! そうじゃねぇよ! 俺はお前より偉いだろ、って言ってんだよ!」
「そりゃ、もちろんです」
「な? だからよ、ご苦労様ってのは駄目なんだよ」
「へ? なんでまた?」
「弟分が兄貴をねぎらうようなことを言っちゃぁ駄目なんだよ」
「ネギラーメンは駄目ですか」
「おめぇ、頭ん中、ちゃんと脳ミソ入ってるか?」
「おみそれしました」
「いや、だから、受け答えがおかしいだろ!」
「へい!」
「へい!って・・・ま、いいや。 とにかく、ご苦労様は駄目なんだよ」
「じゃ、なんて言えばいいんで?」
「お疲れ様だよ」
「お疲れ様はネギラーメンじゃないんで?」
「ネギラーメンは忘れてくれ! 今だけでいいから!」
「じゃ、ネギラーメンはともかく、それなら、やり直しましょうか」
「あ? やり直すって、何を?」
「だから、最初から」
「最初?」
「最初」
 
・・・。
 
「やっぱシャバの空気は美味ぇぜ・・・」
「兄貴!」
「辰!」
「お勤め、お疲れ様でした!」
「あ〜、今日も一日、よく働いたぁ・・・ って、おいっ!」
「乗り突っ込み?」
「なん〜か、ムショから出て来たって感じじゃないんだよなぁ?」
「んな、兄貴が言い出したんじゃないですか〜」
「いや、俺もな、実はムショで人から聞いただけで、よくわかんねぇんだよ」
「ご苦労様の別の言い方は無いんですかね?」
「別の言い方ってもなぁ」
「ごちそう様とか」
「何を食ったんだよ」
「兄貴!」
「なんだよ」
「お勤め、ごちそう様でした!」
「何もおごってねぇよ」
「お勤め、午前様でした!」
「なんの報告だよ」
「お勤め様でした!」
「どこの言葉だーっ!」
「駄目かぁ・・・」
「駄目だよ! いいよ、もう!」
「んじゃぁ、そろそろ行きますか」
「そうだな・・・」
「ところで、兄貴。 腹、減ってないですか」
「減ってるよ。 朝飯食ってねぇからな」
「俺もまだなんスよ。 とりあえずメシ食いましょう」
「久しぶりのシャバのメシか・・・」
「何、食いたいです? おごりますよ。 もっとも、この時間じゃ・・・」
「俺が出すよ」
「へ? いや、だって、兄貴・・・」
「懲役食らってたんだ。 お前に朝飯おごるくらいは貰ったよ」
「あ、兄貴・・・」
「なに泣いてるんだよ。 いいんだよ。 お前には苦労をかけた」
「あ、兄貴ぃっ! ・・おっ・・おっ・・・」
「泣くなよ」
「お勤め様です!」
「ごちそう様だーっ!」
 
久しぶりのシャバのメシはネギラーメンだったということです。

前のページに戻る


meisoukairo@yahoo.co.jp