本当にあった怖い話 第五話 <携帯電話の記憶> (改定二版)

みんな、覚えているだろうか。
以前、携帯電話というものがあったことを。
実際には、今でもその機械は使われているのだが、いつ頃だったか、
いつの間にか、名前が変わってしまっていた。
・・・いや。
やはり名前だけの問題ではないのだろう。
なぜならそれは、確かに携帯電話ではないのだから。
 
私のようなスクラップ目前の旧式の記憶など、後を引き継ぐ世代には
無用のものかもしれないが、このまま、この古い記憶が失われていく
のは、少々寂しいような気もする。
だから、もし良かったら、私の、この古い記憶を聞いて欲しい。
 
私が初めて携帯電話を買ったのは2006年のことだった。
当時は携帯電話全盛の時代で、世の中のほとんどの人が持っていた。
それはポケットに入る大きさの通信装置で、音声通話機能とデータ
通信機能を併せ持ち、カメラと呼ばれる映像記録装置を内蔵していた。
一部の機種ではGPS機能を持ち、持ち主の位置の特定もできた。
また、携帯電話による個人認証が、この頃から一般的に広がり始め、
それまでのIDカードによる個人認証に取って代わろうとしていた。
 
今では想像もつかないだろうが、当時は、これが必需品とされていた。
 
2007年、本人識別機能付き携帯電話発売。
 
それまで携帯電話は、持ち主かどうかに関係なく、誰でも使用できた。
個人認証に使用することを考えると、この機能は遅すぎたと思う。
 
2008年、スタンガン付き携帯電話発売
2009年、低周波治療機付き携帯電話発売
 
使用する電池に技術革命があり、使用可能な電力量が増大した結果、
こんな奇妙な機能が付加された機種が大量に発売された。
他に、懐中電灯付きとか、電子脱毛機付きとか。
 
2010年、人工知能付き携帯電話発売
 
携帯電話と会話ができるようになった。
もちろん、そんなことのためにわざわざ人工知能を搭載した訳では
なく、無意味に機能が増えたため、操作の補助として搭載されたの
だ・・・が、結果として、会話機能が大ヒットした。
別に、寂しい大人が友人代わりにしたのではない。
 
運転中に居眠りをしそうになれば起こしてくれる。
迷惑なセールスの勧誘は丁寧に断ったあと自動的に切る。
暴漢に襲われたときに絶叫してくれる。
倒れたら119番に電話してくれる。
幼児に絵本を読んでくれる。
外で緊急にトイレに行きたくなったとき、GPS機能を利用して、
最も近いトイレに誘導してくれる。
トイレに紙が無かったら、なぐさめてくれる。
 
え〜っと・・・とにかく大ヒットした。
 
2011年、電子レンジ機能付き携帯電話発売
 
携帯電話の本格的な生活家電化が、この頃から始まった。
金属製の箱さえあれば、いつでもどこでもレンジでチン。
電磁波の放射自体は、携帯電話が内蔵の人工知能でおこなうため、
完全に個人の好みに合わせたレンジでチンが可能となった。
 
2012年、布団乾燥機能付き携帯電話発売
2013年、エアコン機能付き携帯電話発売
2014年、食器洗い機能付き携帯電話発売
2015年、全自動洗濯機能付き携帯電話発売
 
生活家電化の中で、携帯電話の子機というものが登場していた。
どれほど携帯電話が多機能でも、同時に使える機能は限られている。
このため、子機が必要となったのだ。
もちろん、子機には親機と同等の機能が必要とされた。
が、人工知能は搭載されていなかった。
なぜなら、子機は親機にとっての端末でしかないのだから。
この、人工知能未搭載の安価な子機が出現したことにより、携帯
電話の生活家電化が一気に押し進められることとなった。
単機能の家電製品を複数買うより、携帯電話の子機を一台。
これが、この当時の考え方の主流となっていた。
 
そして全ての生活家電が携帯電話へと置き換わったとき、人々は、
あることに気がついた。
携帯電話があれば、電気配線もガス管も必要ないのではないか?
既にこの頃、携帯電話は自己発電機能を持っていた。
 
こうして携帯電話の家屋化が始まった。
 
2016年、風呂トイレ付き携帯電話発売
2017年、三食昼寝付き携帯電話発売
2018年、3LDK付き携帯電話発売
2019年、庭付き携帯電話発売
2020年、犬小屋付き携帯電話発売
 
生活家電化の延長で、実際には専用の施設などが必要ではあったが、
その施設と携帯電話さえあれば、実際に自分が暮らしている部屋や
家とほぼ同じものを別の場所に再現することができるようになった。
 
また、この機能の実現のため一部の子機には親機同様に人工知能が
搭載されるようになっていた。
同時処理が必要とされる情報量が増大したため、親機による集中処
理から、子機による分散処理へと処理方式が移行したのだ。
無論、中枢機能は親機が握ってはいた。
とはいえ、あくまで親機がおこなうのは、子機の監視と統制だけで
あり、実際の処理は、子機同士が連携して実現をしていた。
 
そして、この結果、いつのまにか通信量の逆転が起こっていた。
 
携帯電話に人工知能が搭載された当初は、人工知能は人間と携帯
電話とのマン−マシンインターフェースでしかなく、通信の相手関係
としては、人間対人間が圧倒的に多かった。
もちろん、人間対人工知能、人工知能対人工知能という通信関係も
存在してはいたが、それは、ごくわずかな関係でしかなく、しかも、
人間対人工知能の場合、直接的に見ればそうなる、というだけで、
最終的な通信の届け先は、あくまでも人間であることが圧倒的に多
かった。
 
これが、逆転したのだ。
 
子機同士の連携と、親機からの監視と統制の結果、人工知能同士の
通信が通信量の大部分を占めるようになり、また、人間から人工知
能、人工知能から人間への通信も増大することとなった。
そして、これは人々に、「当然のこと」として受け入れられていった。
 
2021年、人工視覚付き携帯電話発売
 
この年、既に視覚障害者用として実用化されていた人工視覚が携帯
電話に組み込まれた。
視覚障害者用ではなく、健常者の補助視力として。
これにより、人類は360度の視野を手に入れた。
前も後ろも、頭のてっぺんも、靴の裏も。
暗闇の中でも、水の中でも。
 
脳に接続するための外科手術が必要だったため、実際には視覚障害
者以外で利用する人は少なかったが、近視や乱視などの視力矯正の
代わりに利用する人や、まったく視力に問題がない人でも、その機能
の便利さから利用する人もいた。
子機を置いておけば、誰もいない部屋を見ることもできるし、電話を
かけた相手が許せば、相手の周囲の景色を「自分の目」で直接見る
ことができるのだから。
 
こうして、携帯電話の人体化が始まった。
 
2022年、人工聴覚付き携帯電話発売
 
人類は犬笛を聞けるようになった。
 
2023年、人工心臓付き携帯電話発売
2024年、人工腎臓付き携帯電話発売
 
私が腎臓病で携帯電話の埋め込み手術をしたとき、
「携帯電話というより内蔵、いや、内臓電話だな、こりゃ」
と、友人が笑いながら言っていたのを覚えている。
彼は、今、どうしているのだろう。
 
2025年、人工肺付き携帯電話発売
2026年、人工肝臓付き携帯電話発売
2027年、人工脊椎付き携帯電話発売
2028年、人工延髄付き携帯電話発売
2029年、人工大脳付き携帯電話発売
 
そして、2030年。
私は携帯電話になった・・・

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